Apple Steve Jobs氏のご逝去を悼みます

ブログ記事をサボっている間に、とても悲しいニュースが飛び込んできました。Appleの創始者の一人であり、同社の前CEOでもあったSteve Jobs氏が亡くなられたのです。日本では小沢一郎氏の初公判のニュースでもちきりでありテレビではあまり大きく報道されなかったことに私はたいへん残念に思います。

 

私がAppleのことを最初に知ったのは学生時代でした。当時国内ではまだ『パーソナルコンピュータ』というものは存在しておらず、自分で組み立てるマイコンキットがブームになりかかったころでした。私も実験機のような基板むき出しのNEC TK-80/BSというマイコンキットを購入し、テレビ画面を前にしながらポツポツとTiny BASICでつまらないプログラムを組んでは喜んでいたのです。

 

ところが、そのときすでにAppleは第二世代のApple-IIへと進み、格好いい筐体に収まっていただけでなく、本格的なカラーグラフィックスやミニフロッピー・ドライブの利用など、すでに本格的なパソコンとなっていました。価格も当然相当に高価なシステムで(ひょっとしたらオプション機器も購入すれば当時の大卒新入社員の給与の半年分以上だったでしょう)間違いなく手の届かない高嶺の花でしたが、片や基板むき出しでカラーは出せず、文字しか表示できなくて、プログラムの保存もカセットテープなんていうTK-80/BSとは雲泥の差にため息をついていたものです。

 

その後私はマイコン(マイクロプロセッサ)と縁の大変深い業界で生きることになりましたが、その半生はすべてインテル系のプロセッサでした。Apple社の選択したプロセッサは長い間インテル以外のプロセッサでしたから、私としてはAppleはシステムとして競合する相手であったのです。ですから当然私はMS-DOS、Windowsがすべてで、Appleの提示してきたテクノロジーは否定することはなかったけれど、すぐさまインテルやMicrosoftが追いかけてくれるのを待っていました。

 

私とAppleとの直接的な接点はiPodです。ちょうど2003年のことでした。それまでiPodはMac-PCしか対応していなかったのですが、この第三世代のiPodからWindows対応を始めたのです。実はこのときはまだiTunesはMac-PC用しかなく、途中からWindows用iTunesが配布開始となった、本当に黎明期だったのです。それまで故障が心配だったHDDをためらいもなく使用したこの音楽プレイヤーは、私の中で大きく弾けるものを感じました。自分の持っているすべての音源を入れておき、聴きたい曲はその場で選ぶというスタイルは、まさにパラダイムシフトだったのです。これに気付かなかった保守的なSonyなどの音楽プレイヤーメーカーは大きく取り残されることになりました。このときから私はAppleと付き合いだしたのです。iPodを何世代も交代させ、いまは最新のiPhoneやiPadを利用していますが、間違いなくAppleにはしっかりとしたライフスタイル・コンセプトが存在していて、すべてのパーツやソフトの設計はだれかを真似たものではなく、明らかに脈々と進化を遂げてきた筋の通ったコンセプトに基づいていることがわかります。韓国の会社がなにやら特許紛争を仕掛けているようですが(Appleも仕掛けているけど)、iPodからiPhone/iPadに至る歴史と進化を考えると韓国の会社が何を言おうと白々しく思えてきます。

 

私はかつてはAppleの製品に競合するポジションにいました、しかしそのAppleから送り出されてくる製品は見事としか言い様のないほど、その時代において完成されたものであり将来を想像していたのです。グラフィックスやディスクシステムに始まり、ウィンドウ・システム(GUIですな)、LBPとベクターフォント、プロポーショナル・フォント、高速なIEEE1394、プライベートネットワークと挙げればキリがありません。さらに操作性の追求に対しては妥協することがなく、それは人間工学のもっとも優れた例として考えられると思います。単に機器の操作性だけでなく、ドラッグ&ドロップのコンセプトなどソフト面においても妥協はありませんでした。これらは、ビルゲイツ氏がうそぶいていたビジネス用途だとかコンスーマ用途だとかいうレベルの議論ではなく、もっと奥の深い『人間が使うもの』としてのぶれない追求があったと思います。そして常にWindowsはそれを追いかけていました。ある意味では、 Apple製品において数々の新しい提案がなければ、我々は現代の使いやすいWindowsパソコンを手にすることはなかったのです。

 

もちろんですが、Appleが大きくなってからジョブズ氏はそれらすべての開発に関与してはいなかったと思いますが、根源のコンセプトと大胆なクリエイティブな発想という開発スタイルはApple全体に浸透しているのだと思います。ですから、ジョブズ氏が逝去されてもApple社がある限り今後も新たなる『人に優しく常に新しい提案のある』技術や製品が生み出されてくるのだろうと予想します。

 

その昔、AppleのパソコンをWindowsパソコンを比較した短いたとえがささやかれていました。

 

Appleは使えなくなってもオブジェになるが、Windowsは使えなくなったらただのゴミにしかならない。

 

実に言い得て妙だと思いませんか?そしてそれは今のスマートフォンにも言えるかもしれません。

 

iPhoneは携帯電話が使えなくてもよくできた音楽プレイヤーになるが、Androidは携帯電話が使えなくなったらただのゴミにしかならない。

 

スティーブ・ジョブス氏のご逝去を心よりお悼み申し上げますとともに、単に彼の功績を讃えるだけではなく彼が本当に目指していたことに対して、Apple社の方々にはぶれることなく引き続き継続して目指していただきたいと思います。

 

妥協なく、常にハングリーで。

 

合掌

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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