MCS-96 / C196  16ビット・マイクロコントローラ

MCS-96はインテル初の16ビット・マイクロコントローラで、1982年に発表されました。このMCS-96の基本アーキテクチャは、一般には販売されることのなかったというエンジン制御ユニット専用のi8061という16ビット・プロセッサのアーキテクチャを源としています。このi8061というプロセッサがどういういきさつで開発されたのかは不明ですが、それまでもMCS-48や51でもエンジン制御向けに使用された経緯から見て、これらのビジネスを踏まえてさらなる性能向上を目指して特定の自動車メーカと共同での開発が行われたのだと思います。i8061は米国三大自動車メーカのひとつに幅広く採用されエンジンやATの制御として使われました。

 

さてMCS-96のアーキテクチャは、CPUの構造もさることながら高速にI/Oビット列を外部と同期しながら出力する高速I/Oなど、明らかにエンジンやモーターなど回転するメカニズムの駆動制御に適したアーキテクチャに特化しています。そのため主要なアプリケーションは自動車のエンジン制御、AT制御、ABS制御、インバーターユニット、エアコン、エレベータやエスカレータ、ポンプなどの各種交流・直流モータ制御、ステッピング・モータ制御、ハードディスクのモータ制御などに採用されました。自動車関連では、著名な国産大衆車のエンジン制御や、国際ラリー・レースでも活躍した国産AWD車のAT制御、殆どの輸入車のABS制御などにも搭載されていたほどです。

 

さらには超高層ビルの高速エレベータ加減速制御として相当数のMCS-96が今でも活躍していると思いますし、JR東日本・京浜東北線や南武線などで活躍のE209系車両のインバーター・モータ制御ユニットなどにも搭載されているなど、私たちの生活を支えてくれているマイコンでもあります。変わった使われ方としては、これも日本の技術がリードしている電子楽器の分野です。電子ピアノはもとより、1990年代初頭に生み出されたMIDI音源規格とDTM(Desk Top Music)市場。この音源を採用したシンセサイザーや音源BOXは従来のFM音源やアナログ・シンセサイザーを次々に置き換え、音楽の分野にデジタル音源と新しいアルゴリズムを普及させるきっかけにもなりました。パソコンもこの影響を受け、ソフト音源化したMIDI音源は現在のWindowsでも使用されているほどです。MCS-96による音源制御はその起源とも言えるわけです。

 

民生機器と言えば、エアコンのインバータ制御としても1980年代後半から徐々に使われ出しました。一時期は過半数の国産エアコン(業務用や家庭用ともに)のシェアを占めたほどです。もちろん室外機のインバータ制御だけでなく、室内機のモータ制御にも使用されました。特にこの頃は室内機の快適な風量調節としてファジー制御とかニューロ制御といったAi技術が叫ばれていたころで、そのアルゴリズム計算にMCS-96の性能が活躍したわけです。エアコンとしての基幹技術はこのころ頂点を迎えたのです。

 

MCS-96がこれほどモータ制御に活躍した大きな原因は、やはり当初エンジン制御などの回転(繰り返し)するメカニズム用として最適なCPUやI/O設計と、不規則に動作するメカニズムに同期し、CPUとは独立して動作する高速I/Oという特殊なアーキテクチャがこれらエンジン以外の用途としても最適だったのだと思います。

 

MCS-96が市場の要望に応えてCMOSプロセスにリニューアルすると(80C196)、今度はハードディスク・ドライブに使われ出しました。ところが1990年代前半RISCプロセッサが台頭してくると、その高効率処理への期待が高まります。MCS-96開発チームは、上位互換性を持つ80C296ファミリを計画し、市場からの期待も大きくなりますが開発は中断しそのコンセプトはMCS-251 (MCS-51上位互換)に引き継がれたり、国内でも同じコンセプトでSHマイコンが出現するなど、先を越されてしまいました。

 

その後2000年代前半にやっとMCS-296プロジェクトは復活し市場に再参入しますが既に時は遅かったのです。

日本市場向けにシュリンクDIPパッケージ対応

当初MCS-96は3種類のパッケージに封入されていました。48ピンDIP、68ピンPGA、そして同じく68ピン・フラットパッケージです。48ピンタイプですと機能が限定されるため、68ピンタイプの需要が多かったのですが、PGAパッケージ品は高価で民生機器向けに使用することはできません。ところが68ピンのフラットパッケージは、今で言うところのQFPとは異なり、端子が長く真っ直ぐ四方向に伸びていて表面実装ができません。そこでやむなくその端子を治具を使って折り曲げて使用していたのですが、どうしてもそのコストが折り合わなかったのです。そうした民生機器向けの要望を受ける形で、特に日本国内向け専用のパッケージとして64ピン・シュリンクDIP(SDIP)を1990年頃から出荷を始めました。U8397BH, U8797BHの2品種です。これにより民生機器でよく使用されていた片面1層の紙エポキシ基板に対する実装が容易になり、普及が進みました。このシュリンクDIP品は国内メーカにアセンブリ委託を行ったため、インテル半導体製品としては珍しい MADE IN JAPANになっています。

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