SONY CD Compact Player D-50

CD普及の原動力となった、普及価格にして世界最小・最軽量のCDプレイヤー

SONY D-50 CD Compact Player
SONY D-50 CD Compact Player
SONY D-50カタログ 1984.11
SONY D-50カタログ 1984.11

SONY CD Compact Player

World's First Portable CD Player

 

・D-50

  (昭和59年11月発売)

 ¥49,800

 

※製造終了は昭和60年(1985年) 

昭和57年(1982年)10月1日、ソニーはじめ各社からCDプレイヤーの発売がありました。同時にレコード会社各社からも最初のCDタイトル発売がありました。 このCD(Compact Disc)はオランダ・フィリップス社とソニーが共同開発した新しい規格として知られています。

 

ソニー最初のCDプレイヤーはCDP-101といい、定価168,000円、当時のCDタイトルの価格は概ね3,000円を超えていました。タイトル数はおよそ50くらいだったそうです。マスコミもオーディオファン達もこれで時代は変わると諸手を挙げてCD時代の到来を喜びました。レコードのようなノイズに悩むことがなくなり、圧倒的な性能の向上。どこまでも澄み渡った音・・・。従来からPCMデジタル録音は業務用途や限られた一部の愛好家のみに許されたものだったのが、ついにCDによって一般ユーザにまで手の届く存在になったのです。とはいってもその発売当時はまだ価格的に高価で、まだまだ普通のユーザが買えるものではありませんでした。

 

2年後の昭和59年(1984年)東京晴海の国際見本市会場で開催された全日本オーディオ・フェアに出かけた私は驚きました。小型で美しく輝くポータブルプレイヤーがSONYから発表になったのです。それがこのD-50でした。しかも定価は一気に手の届く49,800円だったのです。久しぶりに興奮しました。ほかのオーディオ新製品などは目もくれず、会場を離れた私は直ちに秋葉原へと向かい、馴染みのお店に飛び込むとD-50を予約したのでした。かつて、ラジオも含めて発売前に予約をして買うなんてことをしたことはなく、これが初めての経験だったと思います。

 

D-50は、恐らく日本国内で、いや世界中でかな?飛ぶように売れたと思います。思えばこれがCDを普及させる起爆剤になったことは間違いないことでしょう。後でSONYの方が述懐していますが、このD-50は原価率200%だったそうです。有り得ない話です。コストが売値の倍だなんて。しかも当時の流通マージン率はかなり大きかったと思いますから、工場出し価格に対する原価率はその数倍くらいになったかも知れません。それだけSONYはCDを急速に普及させたいという強い思いがあったのでしょう。

 

D-50のカタログ表紙写真を見ていただけるとわかるのですが、まず口紅が目に付きます。これはこのCD-50の外装部分(光沢ブラック)の塗装方法として、女性の携帯する化粧用具の一つであったコンパクトの塗装を採用したというエピソードがあります。今では女性達は"コンパクト"という呼び方はしないようですね。そのコンパクトはD-50の製品として、これは"CD コンパクト・プレイヤー"であるというところからきています。つまりこのときにはまだディスクマンとか後のCDウォークマンという呼び名をしていなかったわけですね。このコンパクト塗装は結構コストがかかっているそうです。触れたときの指紋が付きやすいのは少し難があるものの、綺麗に拭き取ると現れる艶があって深みのある黒色はとても美しく高級感に溢れ、当時ステータスであったCDプレイヤーを持っているんだという所有感を満足させてくれました。

 

D-50は確かにポータブル型のプレイヤーでしたが、コンパクト・プレイヤーという呼び方をしているように、小型にしただけでポータブル用途として開発をしたわけではなかったのだと思います。その証拠に電池で動作させるには専用の大きくて重い別売ケースを買わなければなりませんでした。ACアダプタも本体に取り付けることが出来ましたが、取り付けると大きく重くなってしまいました。D-50単体ならすごく小さく見えたし格好がよかったのに。ですから家の中で持ち運ぶくらいがいいところなのでした。

 

最初のCDプレイヤーCDP-101から2年も経っているのに、操作ボタンなどにCDP-101の流れを感じるのは私だけでしょうか。CDという新しいジャンルの商品であるのに、技術革新やモデルチェンジのサイクルなどが思ったよりも速くないのは、おそらくCDのタイトルの立ち上がりに時間がかかり市場の拡大にも時間を要したためでしょう。実際このD-50が飛ぶように売れると各社からも低価格CDプレイヤー開発や発表が相次ぎ、ユーザー数が増えるとともにレコード会社の参入もどんどん増えて活気を増し、タイトル数が急激に増えると再びユーザー数も増えるという、ポジティブ・スパイラルが生まれました。

 

私がD-50を購入したのは発売と同時でしたから昭和59年11月のことです。でもそれから数年間はLPプレイヤーとの併用が続きました。確かに新しいタイトルはCDで購入できましたが、いままで購入して気に入って聴いていたLPアルバム・タイトルがなかなかCD化されなかったのです。またCDを聴いても録音メディアがデジタルではなくカセットテープだったので、あまり意味を持ちませんでした。それらがやっとデジタルで統一され始めたのは、DATウォークマンTCD-D3を入手した平成2年(1990年)10月まで、なんと6年あまりの間待たされることになったのです。

 

でもその間プレイヤーだけは何回か買い換えをしました。このD-50の次にはさらに小型化の進んだD-50MarkII、そして本格的なオーディオDSPを搭載して光デジタル出力なども本体に搭載した、ディスクマンD-Z555(平成元年12月)などへと変遷していきました。その間据え置き型のCDプレイヤーは購入しませんでした。

 

その理由は、デジタルでの録音が出来なかったこと、録音してもアナログのカセットでは満足できなかったこと、デスク周りで簡単にいい音で音楽を楽しむだけならポータブルCDプレイヤーで十分だったことを考えたからでした。

 

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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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